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158  無名武将@お腹せっぷく   sage  Date:2008/03/07(金) 20:35:17

甘寧と凌統
呉の英傑と言えば名が上げられるであろう男、甘寧。
その甘寧を恨み、命を狙ったが後日和解した男、凌統をご存知だろうか?

甘寧と凌統、その因縁はかなり遡る事になる。
まだ凌統が15歳、まだ男の尻を知らない時の話である…
呉の孫権は兵を起こし、江夏の黄祖を攻めた。
その時に初陣を飾ろうと凌統が父凌操と共に従軍してたのであった。
凌統の父を慕う事はそれは凄まじく、常日頃「俺の初竿は父の尻で済ませる!」と
周りに公言して憚らない筋金入りの変態…いや、父好きであった。

だが悲劇はここで起こる。
凌操は当時黄祖の下に居た甘寧に掘り取られるのである。
そして呉軍も総崩れになり、退却を余儀なくされた。
だがここで奮起したのが凌統。
「おのれ!初竿は父でと決めてたんだい!」と単身敵軍に突撃、無事父の屍を取り戻し
その屍相手で本懐を遂げた。

続く


159  無名武将@お腹せっぷく    Date:2008/03/07(金) 20:35:59

続き

さてここで今日の歴史学者の興味を惹くのがこの凌統の従軍理由である。
父で初竿を済ませたい人間がなぜ戦に赴くのか?
歴史学者の意見はここで二つに分かれている。
一つは見学派である。戦いを見学し、男のまぐわいを間近で見て気持ちを昂ぶらせた後、
父と一つになるつもりではなかったろうか?と言う意見。

そしてもう一つがどさくさに紛れて父を掘るつもりだったと言う意見。
戦のどさくさに紛れて後ろから父を掘り取る、
その背徳性に魅入られたのではないか?と言う意見である。
かように当時の武将の性癖は現代の人々でさえ惑わすのである!

未だに真実は明らかではない。真実は凌統の竿に聞いて見るしかないのだから…

続く


160  無名武将@お腹せっぷく   sage  Date:2008/03/07(金) 20:37:34

続き

さて閑話休題
当時の呉の人々は「この戦は、凌統の勇猛さと死体も掘っちまうんだぜ!と言う性癖を広める為に
行ったようなもんだな」と笑いながら語ったそうな。

さてこのような事で凌統は、父を掘り取り自分の望みを奪い取った甘寧を恨む事ひとしおになった。

しかし運命とは皮肉な物、時は流れ甘寧は孫権に降り、二人は仲間になってしまうのであった。
だが凌統は恨みを忘れる事が出来なかった…何年経とうと甘寧を恨んでいたのである。
それほどまでに父の尻に恋焦がれていたのであろう…

その後二人は共に合肥を攻めることになる。
その際二人はさっそく反目する事になるのだが、呂蒙が身を挺して防いだ為(過去スレ参照)
そこでの騒ぎは治まった。だが凌統の恨みはまだ完全には拭えていなかったのである。

ここでまさかの未完。長くなりすぎてまとめられなかった。